深津篤史 『うちやまつり』

〜90分
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深津篤史 『うちやまつり』

第42回 岸田國士戯曲賞受賞(1998年)

男6 女7 上演時間 約90分

<あらすじ>
舞台はとある関西地方都市。時は1月3日、4日の両日。
超高層団地にある小さな空き地。荒れ放題のその場所は誰が言うともなく「こやまさんちのにわ」と呼ばれている。そこに集う団地の住人。お互いの名前も知らず職業も分からない。ただ彼らの間をつなぐのは、この場所をめぐるたわいもない噂話。団地内で今夏起きた三件の殺人事件は未だ解決をしていない。登場する住人たちは皆、死の影とセックスの匂いをはらんでいる。現実感覚を欠く主人公の青年は殺人犯に疑われるうちに、自分が犯人かどうかわからなくなっていく。
建物の影となって昼なお暗い「こやまさんちのにわ」で繰り広げられる荒涼とした現代人の精神風景、人間性の暗部を深く静かに見つめた物語。(公演資料より)

2015/02/18 桃園会 第48回公演『うちやまつり』『paradise lost, lost』観劇レポート 感激観劇レポ|おけぴネットより引用

ここは平凡な団地の、平凡な空き地。それも正月である。したがって、そこで交わされる会話や対話は、当然、紋切型の挨拶や、それに毛の生えた程度の、実に平凡な会話にならざるを得ない。
ところが、舞台の時間が経過するにつれて、それらの平凡な紋切り型の挨拶や会話のあちこちからトゲが生え出し、そのトゲが見る間に生き物のように成長して長い触角となって絡み合い、深い謎を孕み始め、他人とは出来るだけ付き合いを避けようということを念頭にしているらしい登場人物たちが意外にも「性的な力」によって結びつけられていることがわかってくる。それにつれて、何の変哲もないこの団地の空き地が、大勢の人間たちの殺意を埋めた一種の「聖域」に変わって行く。
一見平凡な挨拶や会話を積み重ねて、空間と人物とを、ここまで一気に変貌させた作者の力量に感心した。感心したことは、これだけにとどまらない。
次に作者が持ち出してきたのは、空き地に捨てられた何本もの古いテープで、どうやらそれは盗聴テープらしい。盗聴されている会話は、当たり前のことだが、もっとも私的なものに属する。
空き地という半ば公的な空間で交わされる平凡な会話と、秘密のたくさん詰まった私的な会話。極端に質のちがう二種類の会話が、みごとな対位法で展開して行き、劇はやがてアンチクライマックスを迎えるが、最後に「聖域」と見えた空き地が、やはりただの空き地に戻ってしまう。
そして、後にのこるのは、「わたしたち現代人は、ひょっとすると、性的なことがらを介してしか意思の疎通ができないのではないか」という、余りにも苦い思いである。ここに痛烈な現代批判がある。
この批評精神を持って、この作にあらわれた会話の水準を保つことができれば、この作者の未来は常に明るいはずである。もちろん作者の行く手に高い壁が何度も立ちはだかるにしても。

第42回岸田國士戯曲賞受賞「うちやまつり」選評・寄稿 | 桃園会 オフィシャルウェブサイト

うちやまつり

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